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IbaraHistory
[Side:Sun][Side:Moon]
《Side:Sun》
夕焼けがきれいなある日、校舎の屋上。

十手小町
「ねぇ、ミカ……ミカは侵攻のウワサってどう思ってる?」


ふと開かれる口から紡がれる言葉はどこかいつもの彼女にしては弱々しく、"らしくない。
がミカからすれば"らしい"姿であった。

黒須御日
「あぁ、ジニティ……アンジニティとかいうやつだろ?
 かーっ、てめンなことされたらアタシの夢が叶わなくなるっつの。
 はーーボコボコに殴り倒してぇとこだがなぁ」

…………。
十手小町
「……その、何があってもやっぱり暴力はダメよ。
 どうしてもわかってくれないからって無駄に相手を傷つけたところで何にもならないわ……」


彼女が言うことなんて分かりきっていた。
けど、だが……

黒須御日
「……言葉を尽くして正当な裁きを下してもらう、受けてもらう
 自分が何をしたか自覚してもらう……ね。

 本当にあんたってあんときからそうだ。
 人と人がわかりあえると信じて、そうやってバカに自分の信念を果たすため
 手段として風紀委員会なんざにも入って……」


笑ってしまう……。
御日は楽しくもなんともないのだがそれでもその口から漏れるのは笑いに他ならなかった。


十手小町
「ミカ……本当に傷ついているひとを救って守るのが私の夢。
 その上で調和をもってみんなを仲良くできたらってのが私の目標なの……
 御月にあんなことをしたあの子もあの子だけれど、ミカもあそこまですることなかったわ……!
 ……それでミカは本当警察沙汰になりかけたりとか大変なことになったわけだし……」


黒須御日の友人を名乗る少女、十手小町はいつもこうだ。
弱者を守るためと言って埋もれた問題探しをして それが人々の調和に繋がると信じてやまない。
黒須双子や十手小町の通ってきた中学、高校、とそうした目に見えた問題こそ聞いたことはないが……

黒須御日
「……あんたは相手の話を聞いて、説得したり
 規則というモンで相手に公正な罰を与え改心してもらう。
 そういう勧善懲悪の考えに生きてる。そりゃ分かってるよ。
 だがね、そう世の中都合よくはいかねぇ。実際あんた苦労してるンだろ?
 危ないことしてるだとかでどうにか止めてと説得して、どうにもなってねーんだろ?」


クチャクチャとフーセンガムを噛みながらため息混じりにそう言うとミカは屋上のフェンスを蹴る。

黒須御日
「……てめぇも気に入らねぇだけだろ。
 御月をやりやがったあいつもどういったって無罪放免だったろう。
 だから可愛い御月の痛みをあの屑に与えてやった。
 ……あーそれともやっぱりあの女の顔にも傷をつけてやるべきだったか?
 ……御月をあーした奴なんだからそのくらいの報いはぶつけんと気がすまない」


ミカはただフェンス越しに夕日を眺めるだけでその茜色がその体に遮られて影法師を伸ばしていた。

十手小町
「……どうして! それじゃあ、それじゃあダメなのよ!
 それじゃあそうしたミカが悪くなるだけで、相手は悪くないまま。
 結局あの子が御月にやったということは
 もうみんな考えないしあの子が事実としてただの被害者になって終わり……。
 なにも、なにも悪いことをした人を傷つけたことを
 ちゃんと公正に裁いてなんてないじゃない……!」


屋上の階段近くで肩に力をいれ、声を張り上げる十手小町に黒須御日は振り返り口を開く。

黒須御日
「……無理だよ。あの屑は逃げ切り放免。
 だから御月の心を守るためには私刑を加えてやるしかなかった。
 ……可愛い片割れのためさ。 御月はそうしてほしかったに違いない。
 ……小町、お前にゃ御月は救えなかったし救えないんだよ
 お前の夢は別に否定しないしお前が間違ってるとも言わねぇ。
 突き進んで実際に助けてみせろ。ただそれだけ……」


──口だけではそういう。片割れの為と。だがそれは片割れを原因にすることであり
見方を変えれば片割れのせいにしているともいえること。
黒須御日は他人の為、なんてものはあり得ないことだと思っていた。
十手小町には"そのように"言ったほうがいいだろうから、そうとだけ言ったが
結局は自分の為にやったのだ。弟を傷つけた相手への報復。
誰もそいつを苦しめる奴がいなかった。そいつには味方が多すぎた。
黒須御日から見たなら十手小町だって、結局何もできない無能な偽善者に過ぎない




ぱちん、フーセンガムを破裂させては口に戻し黒須御日は一人、先に屋上を去る。
足早に階段を降り、誰もいないところまできてはため息を落とす。

黒須御日
「なぁ小町。人間って思いやりあえねぇんだよ。 【あの歌】は叶わねぇ絵空事なんだ。
 差別しあうし傷つけあうしバカにしあう。
 だからよ、結局邪魔なやつらを踏み潰して生きてくしかねぇんだよ……」


黒須御日
「ダメだとか言ってるのは嘘っぱちで、本当は皆してやるべきことなんだよ……あれは。
 いらねぇ、ゴミとされた人間はどうしてやってもいい存在で
そうやっていたぶることが正義でしかない、奴らにとっては御月がそうだった
 ……だからよ、結局ああして正解だったと思うぜ
 ……あの女は、なぶりたおしておくのが正解だったんだ。いや、それとも……」


十手小町
「そんな……そんなことあっていいわけないし
 そんなの正義でも正解でもあるわけないじゃない!
 人のことをそんな風に扱っていいわけない!
 事実として苦しみだとかから憎しみが生まれるのはそうだけれども
 それによる"私刑"や"理不尽"を防ぐために法やルールがある!
 "みんな"を守るためにそれらはあるの……!
 だからそれに委ねず、破ってそんなことをするなんてことだめよ……!
 それは人々の響奏を乱して壊して、
 そうしたら人々に否定されるのはどうしても必然なのよ!?
 例えあの子が本当に加害者で……
 たまたまみんながあの子が加害者でないと信じて、
 しかも御月くんが悪いってことにしてしまったとしても、だとしても……!」


黒須御日
「お前の言っていることが正しく"人々の響奏"の正体……"人の本性"と言えるし
 反論としては成り立っているとは言えないな?
 お前は"響奏を乱したら否定されるのは必然"と言った。
 これはこっちの言ってることと全く同じ事って言えないか?

 なあお前は自分達双子の味方になった気でいるみたいだが
 お前の言う"みんな"って何? 誰なわけ? この"御日"様でも"御月"でもないよね?
 全部守るって気になってたら結局誰も守れない。
 御月を悪とすることが、あの屑を守ることが
 あそこのルールで正義で秩序だった、あそこの奴らがなす協奏曲だった

 御月は否定されていた、だったらそんなものぶっ壊すだけ
 そんなルールになんて否定されてもどうでもいいしこっちもそれを否定する」


十手小町
「……そんな そんなのって」



黒須御日は無言で背を返し何も反論できなくなった相手を置いてその場を後にする
その目は酷く冷めて、乾いていた。
……相手が友人だ と言うからこちらもそう返しているに過ぎないが
結局この相手のこと等突き詰めればどうでもいい、友人でもなんでもないと御日は思っていた

実に下らない、下らない"正偽"を信じている相手と。



『贅沢を言えば殺してほしかった、あんな奴……あんな奴ら』